戦争の正体と経営の目的

War
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よく経営と戦争は似ていると聞きます。そのため戦略、戦術といった同じ用語を使うのだとか、名経営者は過去の戦史に多くを学ぶために歴史に残る戦争の背景や戦略の詳細を学んでいるとか。自分もそういう経営者を知っているし、直接言われたこともあります。

ですが、自分はこの感覚に長い間違和感がありました。戦争と経営の共通点をいまいち実感として持てなかったのです。ですが積極的にその感覚のズレを埋める行動はしませんでした。いつかこのズレが埋まるときが来るのを待つことにしていたのです。

ところが最近、ようやくその共通点が見えてきました。きっかけのひとつとなったのは、少し前にであったこのエントリー。

軍事的観点から見ても国際人道法の尊重は合理的なものである。市民の大量殺戮、投降した軍隊の殺戮、捕虜の拷問などの行為が軍事的勝利につながったことはいまだかつて一度もない。…国際人道法上の考えを尊重することは、資源の合理的な利用にもとづいた、近代的戦略の一環なのである。
国際人道法 ― 戦争にもルールがある, 小池 政行, P.90 – P.91

このように軍事的にも合理的でなければ、国々はルールなど無視します。なぜなら戦争の勝敗には国家の興亡、国民の命がかかっているからです。殺すか殺されるかというときに「そんなことは非道だからダメだ」といっても、聞き入れられるわけがありません。不戦条約が成立した後に第二次世界大戦が起こってしまったように、こと戦争となれば、邪魔なルールは無視されます。

だから必要なのは、戦争の遂行を過度に邪魔せず、むしろある意味では促進すらしつつ、同時に人命を可能な限り救うルールです。国際人道法を守ることが、国家戦略においても合理的だ、とみなされる状況をつくることです。

この部分から、戦争の正体を垣間見ることができます。

戦争の目的

意味もなく戦争をするほど人類は暇ではありませんでした。リスクをおかして何かを得ようとする時には、必ずそれ相応の目的があるものです。

戦争とひとくちに言ってもその形態や定義は様々で、何事も簡略化はできません。ですがあえて戦争の目的を単純化すれば、それは国益をもたらすことです。もっと言うと、自分たちが儲かること。自分が儲かること。究極の目的はそこです。そのために他国を侵略し、奪うことが必要だったら、それを実行した。それを歴史が教えてくれます。

戦争の変化

戦争は常に変化しています。人間が人間になる前から、争いは絶えなかったことでしょう。だからいま急激に何かが変わったということはありませんが、少なくとも堂々と他国武器を持って攻め込む戦争は減少し、その戦争にもルールが整えられつつあります。

時代が変わり、経済の仕組みが変わり、他国を侵略するよりも共存を目指す方が、自国が、自分が儲かるようになった。だから武器をとって攻め込む意外の方法で、いまも利益を求めた戦争は続いています。それが、国家の経済政策であったり、企業経営だと自分は思います。

殺し合いがダメだとか奪うことはいけないとか、そんなことは客観的な立場の人間に言えることであって、自国の、自分の利益が目の前に転がっている状況では、どんな残忍な行為も正当化されるのが人間の脳であり、人類が他の動物を抑えてここまで地球を支配するに至った原動力です。それを否定するよりも、より人道的で、参加者全員が利益を享受できる戦争のやり方にシフトすることが重要です。

インターネットは、その大いなる役割を担うものだと思います。

情報化社会における戦争勝利へのカギ

情報化社会の良い点として自分が感じることは、ありえない不公平を未然に防げる可能性が上昇したことだと思います。自分も祖父から戦争の体験を聞いたことは何度もありますが、そこに自分たちの利益を考えた形跡など全くありませんでした。要するに、一般的な戦争においては自分の利益を考えるごく一部の権力を持った人と、その権力によって動かされた多くの人という構図が存在したことになります。多くの人にとっては得られる利益など、小さいものです。

この不公平を未然に防ぐことができるのが、情報化社会だと考えます。誰かがみんなの目を盗んで利益を独り占めしようとした、ずるいのでみんなで制裁。誰かが自分の利益のためにみんなを巻き込んで利益を得ようとした、ずるいので協力しません。

このような社会では、いかに参加者全員の利益を最大化し、多くの人を巻き込めるかが非常に大きな意義を持ちます。

価値観の多様化する現代において利益の定義は様々です。要は、極度の個人的な動機で動くことがひいてはその個人が属する組織全体に利益をもたらす。この構図を機能させられる組織を作ることが、勝利へのカギとなります。

難しいことですが、挑戦する価値のある事だと思います。

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