まどか☆マギカはエヴァンゲリオンを超えたのか

まどか☆マギカ

出会い

まどか☆マギカとの出会い。いま振り返れば、それはまさに必然とも言えるものでした。深夜に何気なくテレビをつけた時、たまたま始まったアニメの放送。特に注目をすることもなく垂れ流していたはずが、画面を通じて溢れ出すただならぬ斬新さに、開始数分後には作業を止めて見入っていました。

そのとき目にした放送は、第10話「もう誰にも頼らない」。後に大きな反響を巻き起こすことになるエピソードでした。

質問

エヴァンゲリオンのファンとして、避けては通れない質問があります。

エヴァンゲリオンを超えるアニメは誕生するのか。

そもそも何をもって超えると定義するのか、という問題がありますが、ここではシンプルに2つの評価軸を定義します。

  1. 自分にとって、より心を動かされた作品であるか?
  2. 社会にとって、作品が与えた影響がより大きいものであるか?

1 の答えは簡単です。自分自身に問いかければ答えがです。自分の答えは、No。つまり、まどか☆マギカは自分にとってエヴァンゲリオンを超えるほど心を動かす作品ではありませんでした。これは評価をする人物と作品との関係が生み出す結果であるため、出る答えは人それぞれです。評価をする側、感動をする側が人間である以上、絶対的にすばらしい作品というのは、存在しません。

まどか☆マギカは、決してつまらない作品ではありません。実にすばらしい作品です。まどか☆マギカ以前、以後では、間違いなく自分の価値観は変わりました。斬新さと伝統の融合、ありきたりなものから生み出されるイノベーション。多くのことを学びました。

難しいのは、2 の答えです。それが難しい要因のひとつは、エヴァンゲリオンとまどか☆マギカでは、影響を与える対象となった「社会」が異なっている事です。

ソーシャルメディア時代の評価軸

CD があまり売れなくなくなったのと同じように、アニメにおいてもかつてのような爆発的なヒットを生み出すことは難しくなっています。それはコンテンツのクオリティーが下がったからでもなければ、若者の XX 離れがあったからでも無いと自分は考えています。単純に、インターネットが開放した自由の扉によって、人々によりわがままに生きる選択肢が与えられたこからだと考えています。

個人と社会の接点が増え、またその社会も細分化されたことにより、限られた閉鎖的な社会で最も円滑にコミュニケーションを取ることができる話題を選ぶ必要性が無くなり、扉を開いた者は自分の好きな話題に合わせて、所属する社会を選ぶことができるようになりました。

Web2.0 と言われた 2000 年代中頃以降は特に、インターネット上に点在する社会と現実社会との敷居を下げる競争が激化し、それによって人々が複数のコミュニティーに参加するチャンスが激増しました。そして生まれたソーシャルメディア時代においては、もはや単一の社会のみを対象として影響力をはかるなど無意味です。まどか☆マギカが、間違いなく、いまこの時代に存在する特定の社会において、多大な影響を与えたニューヒーロー(ヒロイン)であることに疑いはありません。それはつまり、その社会においては、まどか☆マギカはエヴァンゲリオンを超えたことを意味します。

一世を風靡するかしないかなど、問題ではありません。いまはもう、90年代ではないのです。問題は、いかに濃く、深く、ファンに愛されるか。そうやってものすごく偏った作品が誕生し、それを愛する人たちが熱狂し、ソーシャルメディアを通じてつながる。それが許される素晴らしい時代が到来したのだと、まどか☆マギカが教えてくれました。

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